目黒区水泳連盟

目黒区水泳連盟は、"区民皆泳"を念頭に皆様の健康増進や生涯スポーツ、泳力強化のお手伝いをしています

メンバーズ Active News

目黒区水泳連盟は2014年で創立40周年を迎えました。

初代の会長は、浜口 喜博さん※(2011年没)。
2代目会長は同郷の寺脇 登さん(2014年没)。
そして現在は杉浦 重子会長にバトンタッチ。

その間、水連のメンバーも負けず劣らず、水泳界で全国大会での入賞や東京都で優勝など、大いに気を吐いて活躍をしています。

ここでは、その活躍の足跡を水連の歴史を交えながら、現在の速報から始まり、徐々に辿っていきます。

※浜口 喜博さん
戦後の混乱期に日本人に勇気と自信を蘇えさせた英雄・古橋広之進さんと一緒に、戦後初の全米選手権に出場し、100m自由形で現地アメリカ勢を圧倒的にリードして優勝。その後、ヘルシンキオリンピックでは男子800m自由形リレーでは銀メダルを獲得した。

水泳の楽しさを教えてくれた、勝又剛さん。
ありがとう!

第3回は、勝又剛(かつまたたけし)さんのご紹介。

勝又さんは、平成28年6月15日に、間質性肺炎で亡くなられました。
自身も大会で活躍しながら、目黒水連では面白く熱心な指導で、多くの生徒さんに慕われていました。
いつも明るく元気で、多くの水泳仲間にも囲まれた勝又さんを偲んで、この記事をアップします。

活発な少年時代~音楽プロデューサー

勝又さんの生家は箱根駅伝・小田原中継所の近くで、その影響もあって陸上部・体操部に所属する活発な少年でした。水泳は海を相手に独学で覚えました。

成城学園から東京理科大学に進学。といっても勉学そっちのけでバンド三昧の日々。
キャバレーなどでバックバンドをつとめ、ギタリストとして活躍しました。
当時からお調子者で、富士山の頂上にギターを持っていき、見知らぬ人に「山を舐めるな」と怒られたこともあったそうです(笑)。

バンドをやりながら大学では水泳部に所属。
卒業後はレコード会社に勤め、30歳を越えたころに『ボアミュージック』という会社を興し、音楽プロデューサーの道を邁進。社長として粉骨砕身し、某有名男性ボーカリストなど多くの歌手をプロデュースしました。
その頃は、水泳とは縁のない不健康生活だったそうです。

体を壊した50歳から水泳復帰

芸能界に身をおいて、酒やタバコなど体に悪いことをたくさんしてきました。
全国を飛び回り、仕事に忙殺される毎日。
長い不健康生活のツケがまわり、50歳を過ぎた頃に体はボロボロになっていました。

その頃から理科大水泳部の後輩に誘われて、水泳競技会に参加し始めました。
当初はあまりタイムが振るわなかったようですが(50mバタフライで37秒ほど)、研究熱心な性格も手伝い、メキメキとタイムを上げていきます。
数年かけて31秒台を出し、学生時代は全く敵わなかったオリンピック候補選手を破るまでになりました。

60歳を過ぎてからは、東京都のバタフライ代表選手として、全国健康福祉祭『ねんりんピック』に出場!表彰台の常連となりました。

母校・理科大の水泳部OB会『しぶき会』では会長としてとりまとめをして、マスターズ大会で活躍する強豪チームまで引き上げました。

水泳指導の資格も取得し、目黒区で水泳のコーチを始めたのは還暦を越えてからです。

水泳生活で明るくハッピー

楽しく・真剣に教えることで、教室は大人気でした。
当初10人もいなかった教室は、勝又さんが指導を始めて数年で30人を超えるほどになりました。
自身も競技者としてコンマ1秒を競う世界で活躍した勝又さんならではの、真剣な指導でした。

亡くなった原因となった間質性肺炎は、何年も生きられない難病です。
診断から10年以上生きた勝又さんはまさに鉄人。
健康生活と、何より水泳がよかったと医師は断言しています。

勝又さんの哲学は、「笑っていればどうにかなる!」でした。
水泳の好きなところは
前に進むしかない競技だろ。前向きになるしかないんだよ」と仰っていました。
そして「オレ、いつもなんだかハッピーなんだよね」とも(笑)。
どこのプールでも人一倍笑って、大きな声で仲間を応援している勝又さんでした。
きっと向こうの世界でも水泳三昧の日々でしょう。

目黒区水泳連盟に多大な貢献をしてくださった勝又さん。
そして水泳を通じて大事なことを教えてくださった勝又さん。
あなたのことは皆忘れません。本当に本当に、有難うございました。

指導員・今井理恵さんのマスターズチーム『Tilia』メンバーの田村秀一さん(95才)がマスターズ日本新!

目黒区水泳連盟・指導員の今井理恵さんが主宰するマスターズチームメンバー田村秀一さんが、2015年7月17日に辰巳国際水泳場で行われた【ジャパンマスターズ選手権】において、50m自由形で48秒66という、世界記録にあと1秒に迫る素晴らしい日本新記録を樹立されました。


高橋会長と記念撮影

クリックすると大きく表示します

田村さんはこの日本新の他に、2008年3月には360歳区分(90歳平均)の200mフリーリレーにおいて、従来の世界記録を大幅に破る3-08-87(1人平均47秒)という世界記録を打ち立てたメンバーでもあります。

今井さんの談

【Tiliaにかける思い】

水泳をとおし、チームの仲間が交流することで、それぞれに『良い気づき』があり、そこで英気も養えるような場にできたら嬉しいです。

【田村さんの日本新に対するチーム責任者としての感想、今後の抱負】

今回の日本新記録樹立は、チームメンバーが持っている『人柄』が大きい要因だと思います。
田村さんは、誰もが応援したくなる気持ち良い性格のお人柄です。
さらに田村さんを応援するチームの仲間が、人の力になることを普通にできる人柄だったことです。
今回の日本新記録は、両方があったからこそ樹立した記録だと思います。

『泳ぎがただ速ければ良い』だけでは、太刀打ちできない貴重なものだと思っています。

田村さんは世界記録にむけて頑張っています。

そして、その他のチームメンバーも田村さん同様に良い記録がとれるように頑張っています。

今後も、チームメンバーの人生のキャンバスに、水泳で彩られた色も塗られ、日々過ごしていくのが楽しくなるような交流ができるチームになればよいなと思っています。

加藤知子さん グアムトライアスロンで女子総合2位!!

2015年10月18日 グアムで行われた「グアム・トライアスロン レオパレス・カップ」において、目黒区民センターやスポルテ目黒で指導する加藤知子さんが入賞しました。

女子総合で2位!と若手の学生選手を押さえ国際大会での入賞
素晴らしい快挙です!

金曜の夜中にグアム着。
土曜は台風の影響で暴風雨。
日曜6時半トライアスロンのスタート時に雨は上がり何とかスタート。

雨上がりのレースコンディションは最悪だったようですが、そこを押し切って見事銀メダルを獲得されました!